退職勧奨とは
退職勧奨とは、労働者との労働契約を終了させるために、使用者の一方的な意思表示である解雇ではなく、合意解約又は労働者による一方的な意思表示としての辞職を勧奨するために行われる使用者の一連の行為を指します。
日本型雇用システム(長期雇用システム)の下で、使用者による一方的な労働契約の解消としての解雇・雇止めについては、解雇権濫用法理(労働契約法16条)や雇止め法理(同法19条)によって厳格に制限されています。厳格な解雇規制や雇止め規制を回避すべく、労働者の同意ベースで労働契約の解消を図る「退職勧奨」(通常は勤務時間中の個別面談の形で実施されます。)が広く行われています。
退職勧奨の適法性
退職勧奨は原則として自由であること
退職勧奨それ自体は、労働者の自発的な退職意思の形成を促進するために行われる事実上の行為ないし使用者による合意解約の申入れ又はその誘引であり、労働者に退職勧奨に応ずべき義務はなく、使用者は人事管理等の必要に応じて自由に退職勧奨を行うことができるものと解されています。なお、労働者は退職勧奨に応ずべき義務はないため、退職勧奨に応じないこと自体が解雇事由に当たることはなく、他に客観的に合理的で、社会通念上相当といえる解雇事由がなければ解雇をすることはできません。
<鳥取県教育委員会事件(鳥取地裁昭和61年12月4日)>
退職勧奨そのものは雇用関係にある者に対し、自発的な退職意思の形成を慫慂するためになす事実行為であり、場合によっては雇傭契約の合意解約の申入れ或いはその誘因という法律行為の性格をも併せもつ場合もあるが、いずれの場合も被勧奨者は何らの拘束なしに自由に意思決定をなしうるのであり、いかなる場合も勧奨行為に応じる義務はないものであるから、任命権者は雇傭契約の一方の当事者として人事管理等の必要に基づき職務行為として自由にいつでも被用者に対して退職勧奨をなすことができるというべきである。
退職勧奨の限界
退職勧奨は職務上の上下関係を利用して行われることが多く、場合によっては不当な強要にわたり実質的に強制的な退職を強いる結果にもなり得るものであり、違法な退職勧奨として不法行為責任を負うことになることがあります。
判例上、退職勧奨における使用者の言動により、労働者の自発的な退職意思の形成が妨げられたり、労働者の名誉感情が侵害されたような場合には、違法な退職勧奨があったものとして不法行為が成立するものと解されています。
<日本アイ・ビー・エム事件(東京地裁平成23年12月28日)>
労働者の自発的な退職意思を形成する本来の目的実現のために社会通念上相当と認められる限度を超えて、当該労働者に対して不当な心理的圧力を加えたり、又は、その名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりすることによって、その自由な退職意思の形成を妨げるに足りる不当な行為ないし言動をすることは許されず、そのようなことがされた退職勧奨行為は、もはや、その限度を超えた違法なものとして不法行為を構成することとなる。
退職勧奨の限界に関する留意点
退職勧奨の回数や期間
退職勧奨の回数や期間は、退職を求める事情等の説明や退職手当の割増等の優遇措置等の退職条件の交渉に通常必要な限度に留めるべきであり、個別事案ごとの判断ではありますが、実務上は3回程度の面談の実施が多いです。退職勧奨のための面談の時間も必要な範囲内とし、30~40分程度を目安として1時間を超えるような長時間の面談は差し控えるようにした方がよいです。
退職勧奨に応じない意思が表明された場合
退職勧奨の被勧奨者が退職しない旨の意思表明をした場合に、その後の退職勧奨がすべて違法となるわけではありませんが、被勧奨者が明確に退職勧奨に応じない意思を表明した場合には、新たな退職条件の提示など特段の事情がない限り、退職勧奨を一旦中断して時期を改めるべきです。
下掲日本アイ・ビー・エム事件では、被勧奨者が退職勧奨に消極的な意思を表明しただけではなく、退職勧奨に応じることの有利不利の諸事情を比較検討の上でこれに応じない意思が堅固で、退職勧奨に応じられない意思を明確に表明し、会社(上司)にその旨を確実に認識させた段階で初めて退職勧奨が違法と判断されうることが示されています。
退職勧奨における名誉毀損や人格非難にわたる発言
退職勧奨においては、被勧奨者の名誉感情を害することのないように配慮する必要があり、被勧奨者の人格を否定するような言動や、被勧奨者を晒すような退職勧奨を行うなど、被勧奨者に精神的な苦痛を与えて自由な意思決定を妨げるような言動が許されません。
不正確な情報の提供
退職勧奨に応じなければ解雇になるといった説明をすることについて、退職勧奨の時点で、解雇の有効性を基礎付けるだけの事情がないにもかかわらず、そのような説明をすることは、退職勧奨の手段・方法が社会通念上不相当である、或いは、労働者の退職意思が無効であると判断される可能性があります。解雇の有効性が明白であるが、本人のキャリアにも配慮して退職勧奨をするような場合には、「退職勧奨に応じなければ解雇になる」と明確に伝えることもできます。
退職勧奨に関する主な裁判例
日本アイ・ビー・エム事件(東京地裁平成23年12月28日)
業績不良の社員に対して退職勧奨に消極的な意思を表明した後も引き続き退職勧奨が行われた事案で、被勧奨者が消極的な意思を表明したことをもって直ちに退職勧奨を止めなければならないわけではないことを示しつつ、退職勧奨の違法性が否定されました。具体的には、退職勧奨拒否が真摯な検討に基づいてなされたかどうか、退職者支援が有効な動機付けとならない理由は何かが会社として重要な関心事であり、被勧奨者が消極的な意思表明をしたことをもって直ちに退職勧奨のための説明・説得活動を終了しなければならないわけでなく、退職勧奨に応じない意思が堅固なものとして明確に表明されて会社がこれを認識した段階で初めてその後の退職勧奨が不相当と評価されうることが示されました。
<コメント>
被勧奨者が単に退職勧奨に応じられないという消極的な意思が表明されたにとどまらず、退職勧奨に応じられない意思が堅固なものとして明確に表明された時点以降の退職勧奨の続行は社会通念上不相当と判断される可能性があることを示した判決となります。退職勧奨拒否の意思の堅固・非堅固にかかわらず、退職勧奨拒否の意向が表明されている以上は、労使対等の合意原則に鑑みて退職勧奨を中止すべきとの指摘もあるところです。
下関商業高校事件(最高裁昭和55年7月10日)
2名の高校教諭(被勧奨者)について、約3ヶ月~5ヶ月間に合計12~14回(一回の面談につき、20分から最長2時間15分)にわたり退職勧奨が行われた事案であり、退職勧奨に応じないことを表明し優遇措置も打ち切られているにもかかわらず、退職するまで勧奨を続行する旨を繰り返し述べて短期間内に多数回の長期間にわたる執拗な退職勧奨が行われたものであるとして、違法な退職勧奨として不法行為を構成するものと判断されました。
<コメント>
退職勧奨に応じない意思表明がされているにもかかわらず退職勧奨が強行された点や、退職勧奨の手段・方法が社会通念上不相当であった点が考慮されて退職勧奨の違法性が判断された判決といえます。
鳥取県教育委員会事件(鳥取地裁昭和61年12月4日)
教員の新陳代謝を図り適正な年齢構成を確立する目的で鳥取県の教員に対する退職勧奨が行われた事案であり、退職勧奨の男女別選定基準(男性:56歳、女性:48歳)が専ら女性であることのみを理由とした差別であり選定の公平という観点から違法であるとし、違法な退職勧奨選別基準に基づく退職勧奨及び優遇措置も違法であり不法行為を構成するものと判断されました。
<コメント>
経営上の必要性に基づく集団的な退職勧奨が行われた事案で、男女別の年齢基準を設けた退職勧奨選定基準が女性を差別する違法な基準であるとして、当該基準に基づく退職勧奨も違法であり不法行為を構成すると判断された判決となります。

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