<本事件のポイント>
ICT・イノベーター事件(東京地裁令和7年1月15日判決)は、会社の元従業員が転職サイトの口コミで、【気になること・改善したほうがいい点】の欄において、「パワハラ、独断と偏見が凝り固まっているため、場合によっては精神的な治療が長期間必要になる可能性も十分にある」と記載して投稿したことについて、会社に対する名誉毀損の不法行為が認められ、会社に対する損害賠償と投稿削除が認容された事案であり、会社が口コミ上で侮辱的な表現を受けた際の対応の参考になる裁判例として参考になります。
ただし、本件では、①会社代表者からの元従業員に対するパワハラが認められなかったことと連動する形で、本件投稿の真実性・真実相当性の抗弁が通らなかったと見受けられる点、②投稿者の特定のための弁護士費用として55万円かかっている中で、会社に対する無形損害等を合計して36万円しか認められなかったため、会社が経済的な訴訟費用の負担をしている点には留意を要する点と思われます。
事案の概要
本訴は、原告が、被告(元従業員)による会社の口コミや求人情報等を掲載する転職総合サイトである転職会議という名称の電子掲示板(以下「本件掲示板」という。)への記事の投稿(以下「本件投稿」という。)により原告の名誉が毀損されていると主張して、被告に対し、不法行為に基づいて損害賠償の支払を求めるとともに、民法723条に基づき、上記各記事の削除を求めた事案となります。
<本件投稿内容>
【良い点】
辞めていなければ、良い営業が居る。愛想は良い人が多いため、薄っぺらい関係なら所属しやすい会社
【気になること・改善したほうがいい点】
管理職は、口が軽い人も居るため軽率に愚痴をこぼすと大変な事になる。 社員に寄り添う風な事を謳っているが、その実中身は全然違うし、パワハラ、独断と偏見が凝り固まっているため、場合によっては精神的な治療が長期間必要になる可能性も十分にある。
争点
- 本件投稿の名誉毀損の成否
- 本件投稿の違法性阻却事由の有無
- 原告の損害の有無及び額
- 本件投稿の削除の可否
本件投稿の名誉毀損の成否
裁判所は、本件投稿のパワハラ部分は、一般の読者の普通の注意と読み方を基準にすると、原告の職場に長期間の精神的治療を要するほどの強度のパワハラが存在するという事実を摘示するもので、その内容は、原告の社会的評価を低下させるものであり、名誉毀損に該当すると判断しました。
- 名誉毀損の判断基準
- 他人の社会的評価を低下させるか否かは、一般の読者が普通の注意と読み方をした場合に、その表現がどのように解釈されるかに基づいて判断される(最高裁昭和29年(オ)第634号同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁参照)。
- 事実を摘示している場合と意見ないし論評の場合で、不法行為責任の成否に関する要件が異なるが、これらを区別する際にも一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断される。
- 証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものと理解されるときには、その部分は事実を摘示するものとみなされる(最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804号参照)。
- 本件投稿のパワハラ部分の解釈
- 一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすると、記事2のパワハラ部分は、「原告の職場に長期間の精神的な治療を要するほどの強度のパワハラが存在する」という事実(以下「本件摘示事実」という。)を摘示していると解される。
- 被告の主張として、本件投稿のパワハラ部分は意見ないし論評であり、実際に特定の従業員に影響を与えるものではないとされるが、この主張も採用できない。本件投稿の内容は、具体的な言動を示さず、原告職場に精神的な治療が長期間必要になる程度のパワハラが存在するという記載であり、証拠等をもってその存否を決することが可能な事項と解される。
違法性阻却事由の有無
裁判所は、本件投稿のパワハラ部分は、原告に対する名誉毀損に該当するところ、被告の主張するパワハラはなく、本件投稿の真実性や真実相当性が認められないため、本件投稿の違法性は阻却されないと判断しました。
- 事実を摘示しての名誉毀損についての基準
- 名誉毀損が成立するには、その行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的があった場合、その事実が真実であるか、その行為者が真実と信じる相当の理由があれば違法性は阻却される。
- 公共性・公益目的
- 本件投稿は、転職総合サイト内の転職希望者に有益な情報提供を目的とし、転職活動を行う者が職業選択の参考とするためのものであるため、公共性と公益を図る目的が認められる。
- 真実性・真実相当性
- 被告は原告代表者の発言がパワハラであり、これによりうつ病を発症して現在まで通院加療を継続しており本件摘示事実に真実性・真実相当性があると主張するが、原告代表者の発言はパワハラにすら該当せず、真実性・真実相当性は認められない。
原告の損害の有無及び額
裁判所は、本件投稿の投稿者特定のための弁護士費用として55万円かかっている中で、会社に対する無形損害として30万円と投稿者特定のための損害として3万円、弁護士費用の損害として3万円の合計36万円の損害額を認めました。
- 名誉毀損による精神的損害
- 本件投稿のパワハラ部分が原告の名誉を毀損していると認められるが、その内容や影響を考慮すると、原告への無形損害に対する賠償額は30万円が相当である。
- 発信者情報開示に要した弁護士費用
- 原告が発信者を特定するためにかかった弁護士費用55万円のうち、名誉毀損と相当因果関係があると認められる費用は3万円である。
- 訴訟の弁護士費用
- 本件訴訟の弁護士費用のうち、名誉毀損と相当因果関係があると認められる費用は損害額の約1割として3万円が相当である。
本件記事の削除の可否
裁判所は、本件投稿全体ではなく、本件投稿のパワハラ部分の削除を命ずるのが相当と判断しました。
- 削除の必要性と表現の自由とのバランス
- 本件投稿のパワハラ部分は、投稿から3年以上経過した現在でもインターネット上で閲覧可能であり、名誉毀損の状態が継続していることから、原告の名誉回復のためには、この部分の削除の必要性が高い。
- 本件投稿のパワハラ部分を削除することが被告の表現の自由を必要以上に制約するとは認められない。

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